■鉄人28号■

■ビルの街に「鉄人28号」
深夜の街に巨大な人影が現れ、暗闇に咆哮が響き渡る時、鉄の巨人が悪の野望を叩き潰す。でも、それはリモコン次第。ロボットの核心を突く名作です。




鉄腕アトムより少し遅れて始まった鉄人28号は、同じロボットを扱ったマンガでもまったくコンセプトの異なる作品でした。アトムが心を持ち善悪を判断できる人工頭脳を備えていたのに対し、鉄人はリモコン操作で動く操り人形に過ぎません。無敵の力を誇る鉄人は、操縦者の心1つで神にも悪魔にもなるのです。ストーリー中の話ですが、もしも日本が敗戦せず鉄人が完成していたら、恐ろしい破壊兵器として利用されていたに違いありません。

鉄人のエピソードには第二次大戦にまつわるものが多くあります。鉄人自体が旧日本軍によって作られた秘密兵器であり、時代背景が戦後10年程を経たに過ぎなかったことも関係していると思われます。鉄人が28号なのは、文字通り開発番号が28番目だからです。過去に27番までが作られましたがどれも皆失敗作で、ようやく成功したのが28号だったのです。なんとも安直で単純なタイトルですが、このタイトルが逆に道具としての鉄人を象徴しています。名は体を表すと言いますが、鉄人が単なる機械であることを、より強くアピールしているように思えるのです。

鉄人が第二次大戦の影響を色濃く残していることから、原作には残酷で厳しいストーリーがたくさんあります。もし原作が現在の劇画で再現されるなら、相当シリアスなものになるに違いありません。そんなストーリーの中で印象に残っているのは、自分が人間なのかロボットなのか悩み続けるサイボーグの話です。最後は自滅するような形で果てるのですが、悪役にもかかわらずなんとも同情したくなるようなラストでした。

ところで、鉄人には武器らしいものが何もありません。戦いはそれこそ体と体の肉弾戦です。マジンガーZやガンダムのような、全身武器の塊のようなロボットとは一線を画しています。それはなぜでしょうか。巨大ロボット同士がぶつかり合うシーンは想像するだけでもワクワクしますが、そのような戦闘は非現実的でもあります。わざわざダメージを受ける可能性の高い直接対決をするより、武器を使って遠距離から戦闘する方が合理的だからです。あえて武器を持たせなかった背景には、少々飛躍した考えかもしれませんが、当時のプロレス人気があったのだろうと思います。普段見ているプロレスと巨大ロボットの格闘とは相通じる物があり、より鉄人に親近感を持たせる効果があると考えられるからです。もっとも単に作者の故・横山光輝氏が、プロレス好きというだけの理由だったのかもしれません。もう1つ考えられる理由は、第二次大戦で再現無く武器が使われ、多くの人が殺戮されたことに対する反省によるものです。肉弾戦であれば、少なくとも1対1の対決で傷付くのは当事者同士だけです。ところが武器を使用すれば、戦いの場は火の海になって大きな被害が出てしまいます。戦争でそれをリアルに体験している人達に、例えマンガやアニメであっても連想させるようなシーンを見せるのは、当時はタブーであったのかもしれません。

話は変わって、鉄人28号のキャラクターの中で、子供達に圧倒的に人気があったのは、鉄人の宿命のライバルとも言うべきロボット、ブラックオックスです。名前もかっこいいのですが、デザインもシンプルでなかなかのものです。ロビーという人工知能ロボットと組んで、自ら考えて行動することができるオックスは、本作品の中でも異色と言っても良い存在です。オックスは原始的ですがアトムのようなロボットなのです。しかし相手は鉄人と同じ巨大ロボットです。単なるリモコン操作の操り人形に過ぎない鉄人では、とても歯が立ちません。戦う度に苦戦する鉄人よりも、子供達がオックスに憧れたのは当然の成り行きです。ただ、このオックスがどうなったのか、実は決着をはっきりと覚えていません。確かロビーは破壊されて、オックスは鉄人のサポートロボットのようになったと思うのですが…

鉄人28号の原作は、既にマンガ雑誌で実績があったもので、当時アトムと二分する人気を誇っていました。従ってアニメのアトムの対抗馬として登場したのも、ごく自然の成り行きであったと思います。振り返って鉄人のような巨大ロボットがマンガに登場したのは、この作品が初めてではないでしょうか。しかも純粋な兵器である鉄人は、現在のガンダム等の巨大ロボットの元祖と言っても良いと思います。

アニメの鉄人のオープニングはちょっと不気味なものでした。ダッダッダッと言う音と共に、鉄人の影だけが徐々に現れてくる演出は、当時の作画技術では大人にはそれほどインパクトは無かったかもしれませんが、子供の目にはかなり怖いイメージに映りました。しかし、このシーン、鉄人の影が映っているのが歩道にしか見えません。いくら東京の街並みが広いとは言え、鉄人が歩道を歩くにはデカ過ぎます。後に書かれたイラスト等を見ると、どうやら石畳の道路っぽいので調べたところ、東京の丸の内辺りにはそうした道路があるようです。本物は柄が格子状では無いので全く違いますが、作画で簡単にしたと思えば納得できます。因みに鉄人の身長は10メートル程度だったと記憶します。数字を見る限りでは、巨大ロボットと言うにはちょっとさみしい気がします。せめて30メートル位は欲しいところです。ただ、当時はまだ高層ビルも無かったので、この程度が妥当だったのでしょう。今だったら高層ビルの陰に隠れて、ミニチュアのように見えるかもしれませんね。

突っ込みはさておき、鉄人の主題歌もアトム同様にたいへん心地よいメロディーでした。ただしマーチ調では無かったので、身近で演奏される機会は少なかったように思います。歌は当時活躍したデュークエイセスが担当していて、オープニングの不気味さとは対照的に、中身は軽妙な歌とハーモニーで聴き応えがあります。当時のアニメソングは単純なメロディーで覚えやすく、なおかつずっと頭に残る印象的なものがたくさんありました。アニメソングはまさにその作品だけのために作られていて、メロディーを聴けば作品を、作品を見ればメロディーがすぐに頭に浮かんでくるように、作品とはイコールの関係にあったのです。エンディングにしても同様です。しかし、いつの頃からか普通の歌謡曲が使われるようになり、主題歌とアニメとは別物になってしまいました。

アトムの時にも少し触れたのですが、アニメが儲かる商売だと知った人達が、こぞってアニメを商売に利用しようと考えた結果です。案の定、アニメからはたくさんのヒット曲が生まれレコード会社は潤いました。これがもし作品専用の曲だったら、それ以上の展開は難しいはずです。特にキャラクター名等が出てきたりすれば、他に使いようがありません。ところが、作品以外にも通用するような当たり障りのない形にしておけば、アニメを利用して知名度を上げ、なおかつ広範囲で売れる商品に育て上げることができるのです。逆に曲がヒットすれば、アニメにも有利な展開になるのは当然です。お互いにメリットがあるのだから使わない手はありません。しかし、これでは主題歌としての価値は半減します。なぜなら、別に主題歌にその曲を使わなくても、他に代用はいくらでもあるからです。かくして主題歌とは名ばかりの曲が氾濫する時代になってしまいました。それらの曲は歌謡史には残っても、将来アニメと共に語られることは無いでしょう。行き過ぎた商業主義は、アニメ作品から主題歌を奪ってしまったのです。

■不朽の名作「鉄人28号」

鉄人28号のマンガ本は、かなり長期に渡って連載されており、相当量の話数があるようです。幼い頃に一部を読んだに過ぎないため全体像はわからないのですが、リサーチした限りではまるで大河ドラマの様相です。アトムと並んで名作中の名作なので、機会があれば全話読破したいと思っています。リサーチ中に気が付いたのですが、鉄人は腕をもがれる場面が多いようです。なるほど思い返してみると、結構そのような記憶が残っています。他は見たところ頑丈そうなので、逆に腕とか足の関節が弱点になってしまうのでしょう。

鉄人のデザインは何が元になったのか知りませんが、私が思うには騎士が身に付けている鎧ではないかと思います。騎士同士の戦闘場面を見ていると、なんとなく機械が戦っているようで、鉄人のイメージが沸いてきます。鉄人に限らず、作者である横山氏の描くロボットは、シンプルな中にあって独特の雰囲気と存在感があります。ジャイアントロボやバビル二世のポセイドンもそうでした。昨今のデザイン感覚からすると少々やぼったい感じを受けますが、独創性の観点から見れば間違いなく光るものがあります。ロボットを題材にして独自の世界を創出した氏の功績は、いつまでも輝き続けることでしょう。

鉄人は時代を超えて人気のある作品で、アトム同様にその後もリメイクされています。1回目はオリジナルのエッセンスを残すだけで、まったく異なる作品と言っても良いものでした。現代風にアレンジされて、鉄人も他のキャラも垢抜けたデザインをしていますが、行き過ぎたアレンジが災いしてか、原作の持ち味を活かす出来にはなっていません。どうも平凡で印象が薄いのです。そつなく作られているしアニメ技術も向上してはいますが、それだけでは作品の魅力には直結しません。もう少し良い意味でアクの強い作品にすべきだったと思います。2回目はリメイクでは無く新作としての鉄人28号FXと言う作品です。鉄人28号のコンセプトは受け継いでいますが、中身は全く別物でした。

3回目は原作のモチーフを発展解釈して作られたもので、大人の鑑賞にも耐えられるように脚本がしっかりしていました。作画技術も高く、それでいて昭和20〜30年代のレトロなイメージを随所に発揮し、なかなかの意欲作となっています。鉄人のデザインも原作に忠実で、主題歌も初期の主題歌をアレンジしたものだったことから、ターゲットが当時子供だった人達(現在の50〜60代)であることは明らかです。ただ、あまりにも設定とコンセプトにこだわり過ぎたのか、少々展開がくどい印象を受けました。それに脚本と作画がミスマッチした感じを拭えず、あの脚本を貫くならば、もっと劇画のように緻密なタッチの鉄人を描いてみせるべきだったと思います。成功と失敗を半々に持つような作品でしたが、それでもあの主題歌を聞くと胸にこみ上げてくるものがあります。今更ながら子供の頃の記憶がいかに影響力のあるものかを、実感させてくれる作品でした。蛇足ですが、リメイク作品の鉄人のガオーの擬音は、最初の作品には遠く及びません。というよりも最初の作品の音の出来があまりにハマり過ぎていたのでしょう。あの音がどのようにして作られたのか、興味あるところなのですが。

最後にスポンサーについても少し触れておきます。鉄人のスポンサーは誰もが知っているグリコです。アトムが明治製菓ですから、これまたライバル企業です(当時の江崎グリコはお菓子メーカーでした)。あの時代はこの2社に森永製菓を加えたのがお菓子メーカーの御三家でした。やがて森永もアニメに参戦するのですが、その話題についてはまたの機会に取り上げようと思います。この時代はとにかくスポンサーのアピール合戦が盛んでした。鉄人では主題歌の最後にグリコの名を連呼するので、覚えている人もあることでしょう。恐らく同じお菓子メーカーである明治製菓に対して、強烈な対抗意識があったに違いありません。グリコはなかなかのアイデアメーカーで、鉄人のヒットにあやかるだけでなく、自らキャッチフレーズの一粒300メートルやグリコのオマケ等により、抜群の知名度を誇るようになって行きました。

【参考】
有名なグリコの一粒300メートルについて、メーカーではその理由を次のように説明しています。ちゃんと科学的な根拠があるんですね。

グリコ (キャラメル) には、実際に一粒で300メートル走ることのできるエネルギーが含まれています。グリコ一粒は15.4kcalです。身長165cm、体重55kgの人が分速160mで走ると、1分間に使うエネルギーは8.21kcalになります。つまりグリコ一粒で1.88分、約300m走れることになります。