■ビッグX■

■巨大ヒーローの元祖「ビッグX」
今ならさしずめ生物科学兵器とでも言えるビッグXは、巨大ヒーローの元祖でもあるのです。

●プロローグ
ビッグXは1964年8月の放映開始です。手塚作品なので当時の虫プロで作られたと思っていましたが、資料によると東京ムービーで制作されています。東京ムービーはオバケのQ太郎等で有名ですが、その創立第一回作品として手塚氏の原作が起用されました。

ビッグXはマンガとアニメではかなりストーリーの骨子が違います。マンガではナチスによって開発された新兵器「ビッグX」をめぐって、ナチスの残党「ナチス同盟」と主人公の昭(あきら)との戦いを描いています。ビッグXは液体状の薬で、これを使うと巨大化し、とてつもない力を発揮するようになります。第二次大戦中にドイツに招かれた朝雲博士が、共同研究者のエンゲル博士と共に研究していたものですが、ドイツの敗戦間際に息子のしげるの体にビッグXの製造法を記したカードを埋め込みました。

博士はドイツ軍の手で殺されてしまいましたが、しげるは生き延びます。20年後にその体から発見されたカードが、ナチス同盟と名乗る一味に奪われて、彼らの手でビッグXが完成します。なんとしげるの妻はナチス党のスパイだったのです。母を追ってナチス党に乗り込んだ息子の昭は、捕らえられてビッグXのモルモットにされてしまうのですが、それが幸いして薬を奪取することに成功し、ビッグXを使ってナチス同盟と戦うことになります。

ビッグXは携帯に便利なように、万年筆型の注射器で注入する形になっていました。液体の効果は摂取する量によって決まります。目盛りは5段階あり、目盛り2では体の組織が鋼鉄のように強くなり、目盛り3では体が3倍の大きさに、目盛り4では10倍の大きさ、目盛り5ではなんと50倍になります。そのまま巨大化すると服が破れて裸になってしまうので、花丸博士に伸縮自在の特殊なゴムの服と、ついでにヘルメットを作ってもらいます。後に、注射器を使ったビッグXは子供達への影響を心配してか、経口薬に変更されます。もっとも、今なら注射が麻薬を打っているようにイメージされるため、最初から採用されないでしょうが。

ナチス同盟にはエンゲル博士の孫のハンスがいて、執拗に昭を狙います。途中でハンスは戦いの中で死にかけ、ビッグXに対抗するために巨大なロボットそのもののような外観のサイボーグとなります。昭もまたハンスとの戦いの中で瀕死の重傷を負うなど、二人の間で壮絶な戦いが繰り広げられます。

一方、アニメではあまりバックボーンは詳しく語られず、単に正義の少年が悪の組織と戦うといった単純な図式になっていて、ヒーローものに徹していました。アニメの質については、作画レベル等も決して高いとは言えず(むしろ雑で質が悪い)、正直なところストーリーもあまり覚えていません。ただ、敵がなんとなくナチスっぽい雰囲気だけは印象にありました。アニメではビッグXになるための電磁装置がペンシルに仕込まれていて、これを胸に当ててスイッチを入れると巨大化します。設定としてはこの方がスマートですが、アイデアとしては液体の方が面白そうです。

ビッグXはお世辞にもあまり格好が良いとは言えません。ヘルメットがダサイ上、単に巨大化した人間が妙なコスチュームとマントを身につけているだけだからです。そもそも、鋼鉄の体になってヘルメットに何の意味があるのでしょう。しかも、ゴムみたいに伸びた服がぴったりと体に密着する様は、想像しただけでも不気味です。不思議だったのは、当時の図解等で巨大化したビッグXの中身がロボットのような機械になっていたことです。あまりにも現実離れしていて、子供をばかにしやがってと、当時子供だった私等はいつも思っていました。あれはたぶん編集社の企画でそうしてしまっただけで、手塚氏のアイデアではなかったんだと思います。マンガの方はなかなか面白い展開ではあったのですが、ストーリーに整合性が無かったりご都合主義が多々見られたりと、完成度も低かったため評価としては今ひとつです。当時、子供達にもあまり人気はありませんでした。ところで、このビッグXという薬ですが、生物なら何にでも効くようなので、間違って川にでも落としたら大変なことになりそうです。

手塚氏の作品はマンガとアニメではギャップのある作品が多いのですが、この当時のアニメは往々にしてこうした傾向が顕著でした。アニメをはっきりと子供向けとして分けて考えられていたせいです。当時はレコード等にも子供向けと明記してありました。アニメではビッグXがヒーローそのものとして描かれていたことから、手塚氏本人もあまり好きでは無かったようです。それに、当時超売れっ子だった氏はたくさんの作品を掛け持ちしていて、しかもアニメ制作も兼ねているなど、人間離れした仕事量をこなしていたので、ゆっくり作品に取り組むゆとりもなかったのでしょう。