■前田建設ファンタジー営業部にチャレンジ■


前田建設工業(C)

昨今ではマンガやアニメ、特撮等のフィクションを科学的に検証して、実現の可能性を探る試みが盛んに行われるようになってきました。その中でも、実在する企業である「前田建設工業株式会社」が、大真面目に見積もりを行った「マジンガーZの格納庫」は、映画が作られる程の大反響を呼んでいます。その核心にあるのが、「前田建設ファンタジー営業部」なのです。

これは実に素晴らしい試みでした。フィクションであるマジンガーZの世界から、現実に受注を受けた場合を想定して企画、設計、見積もりまでを行ったのです。実現にいったいいくらかかるのか、それを専門家が試算したのは恐らく初めてではないでしょうか。全くの空想の産物だったものを、現実の産業レベルに当てはめて実現の可能性を探ったことは、これまでに無い画期的なことだと断言できます。空想の世界のものだけに、現実の技術では及ばない点も多々あるでしょうが、それでもあえて実現にチャレンジすることは、新たな技術を創造することにもつながります。会社にとっては将来のビジネスへの展開も視野に入れて、研究に値する革新的な試みでもあったはずです。

何よりも夢のある話であって、昨今の閉塞的で暗い世相を吹き飛ばすエネルギーに満ちています。若者の技術離れが叫ばれ、日本の科学技術に陰りが見える中で、新たな興味を掘り起こす起爆剤にもなることでしょう。誰もが知る有名なマンガやアニメを題材にすることで関心を集め、会社の知名度を上げるだけでなく、更なるイメージアップにつなげようとする戦略も見えてきます。

なぜこのような試みが可能になったのでしょうか。恐らく20年以上前なら考えられなかったことです。まずは日本のマンガやアニメが、世界的なエンターテインメントとして地位を得たことが大きいでしょう。そして、子供の頃にマンガやアニメにどっぷりと漬かった人達が成長し、社会の中核を形成することで高齢世代の理解が得られやすくなった点も重要です。以前なら社会人ともなれば、会社の同僚にも趣味がバレぬよう、こっそりとマンガやアニメに熱を上げたはずです。つまり、昔はこうしたテーマを真顔で議論するような人間は、社会からはオタク(=当時は変人?)扱いしかされなかったわけです。前田建設のような取り組みが実現したのも、マンガやアニメに情熱を燃やした先人達の、努力が実った1つの証でもあるのでしょう。


1.マジンガーZ格納庫建設の受注と設計上の課題

マジンガーZの格納庫がどのようなものか、映画を見れば詳細がわかるのだが、ざっと紹介しておこう。格納庫の全貌は、マジンガーZのTVアニメのオープニングで示される。光子力研究所の施設内にある汚水処理場のプールが2つに割れて、水が落ちる間を地下からマジンガーがせり上がって来るというものだ。歌舞伎の奈落のようなもので、いよいよ主役登場と言った場面である。背後からは、マジンガーと合体して操縦席となるホバーパイルダーが飛来して来る。音楽のタイミングといい描写といい優れた演出で、全く古さを感じさせない素晴らしいシチュエーションだと言えよう。

「前田建設ファンタジー営業部」の映画の前に、確か昨年(2019年)にどこかのTV特番で見積もりを披露していたと記憶する。「ウルトラマン」や「機動戦士ガンダム」等の科学的な考察が話題になって以来、実現を探る傾向が顕著になったと思われる。マジンガーZの格納庫については、現実に存在する企業の手で、持てる技術を駆使して本格的に取り組んだことが衝撃的だった。

前田建設が空想上で受注したのが、このマジンガーZの格納庫だ。わざわざ地下にマジンガーを隠す必要があるのかとか、こんな複雑なギミックなど無駄ではないかと言ったツッコミもありそうだが、そこはロマンの世界の話なので目をつぶるとしよう。個人的には絵的にカッコ良ければそれで良いのだと一蹴したい。実際、子供の頃はワクワクしながらこのシーンを見ていたし、今見てもその思いは変わらない。欧米のように合理的に考えれば、サンダーバード基地の1号の発進口のように、プール自体がそのままスライドするのが最も簡単だ。しかし、それでは単なる出動場面に過ぎず印象も薄い。

映画では主に技術的な問題の克服に重点が置かれている。様々な人間模様も描かれていて、全般的に軽いタッチのノリであり、いかにも現代風のドラマに仕上がっている。個人的にはNHKのプロジェクトXのような大真面目なドラマの方が、新たなイノベーションに挑む姿をもっとリアルに表現できたのではないかと思う。いずれにせよ、現在の技術で可能なことを実証し、実際にいくら位で作れるのかを専門家が見積もった点が画期的だ。メーカーとしては、空想上の産物でも実際に作れることを示すのが、技術力の最大のアピールにもなるに違いない。

更に映画が伝えていたのは、原作への強いこだわりである。例えばマジンガーのリフトアップにかかる時間や、台座が水平に移動できること等の忠実な再現だ。古いアニメなので設定に一貫性の無い部分もあるが、なるべく原作のイメージを壊さないように配慮されている。是非は別として、物語の世界から受注があったものとして、正確に作ることにメーカーのプライドをかけているのだと思う。

さて、この前田建設が設計した格納庫に対して、改良のチャレンジを試みたのが本コーナーだ。着目するのはマジンガーの上部にある格納庫の扉部分だ。汚水処理場のプールの底が割れて水が流れ落ち、割れた中央からマジンガーを乗せた台座がせり上がる構造になっているが、前田建設のプランでは汚水がそのままマジンガーに降りかかると共に、格納庫の底に落ちて水浸しにしてしまう。

ダイナミックなシーンなのだが、格納庫底部と上の処理場との間にはかなりの高低差があり、再び水を戻すだけでもかなりの時間とエネルギーが必要だ。また、水を回収するための設備も含めて、格納庫の穴を掘るだけでも相当なスペースになってしまう。つまり、この構造では無駄が多く、過大なコストがかかることになるのである。しかも汚水まみれの出撃では、ヒーローにあるまじき醜態だ。戻って来た時のマジンガーの洗浄も大変だし、汚水と異臭にまみれた格納庫を毎回掃除する職員も気の毒でならない。機械で自動的に行う方法もあるが、洗浄の手間もコストも膨大なものになり、維持費の問題が重くのしかかる。

百歩譲って効能があるとして、半生物でもあるミケーネの戦闘獣なら汚水の異臭等によって多少ひるむかもしれないが、ドクターヘルの機械獣には全くの無力だ。それにブレストファイヤーを発する胸のプレートに付着した不純物が高熱で焼結し、いよいよ落とすことが困難になるだろう。超合金Zが錆びることは無いが、とにかく余計なリスクは避けた方が賢明だ。アニメでもマジンガーが濡れている様子は無いので、汚水をうまく回収するシステムが機能しているのだろう。実は汚水処理場はダミーで、ただの水が張ってあるだけとの説もあるが、目くらましだけならあまりに大掛かりに過ぎないか。せめて浄水場の設定なら良かったのだが。もっとも、出撃口のプール部分は既に汚水が浄化されて最終段階にあるとすれば、汚水のイメージはさほど無いのかもしれない。